作者:市川保子 外国人学習者が混乱しやすい「は」と「が」が別物であることを、初期の段階から指導しようとしたのが、名古屋大学の初級教科書“CMJ (A COURSE IN MODERN JAPANESE)” (1983)でした。CMJはいくつか新機軸を試みていますが、その一つが文法説明をNOTES ON SENTENCE GRAMMARとNOTES ON CONVERSATIONAL GRAMMERとに分けていることです。NOTES ON CONVERSATIONAL GRAMMERでは、話しことばに関する文法も含まれています。 その一つが、第1課の「は」についての説明です。 そこでは、「は」がトピックを表し、英語で“as for”を意味すると説明して、次の3文を例に出しています。(ここでは、ローマ字文をかな漢字文に変えて示します。) 1.魚を食べました。“Someone ate fish.” 2.魚が食べました。“A fish ate something.” 3.魚は食べました。“As for fish, someone ate it.” Or“As for fish, it ate something.” 初級の第1課で、「は」が「が」「を」の代わりをすること(代行機能)、「は」が付加されれば目的語もトピックになることを、外国人学習者に導入しているということに驚かされます。 導入の時期が適切か否かは別にして、最初に「は」と「が」の違いを示しておこうとする意気込みが感じられます。(改訂版2002では削除されているようですが。) さて、前回箇条書きにした学習者の「は」と「が」についての質問の中に、「一文に「は」が複数現れるのはなぜか、トピックは一文にひとつあるだけでいいのではないか」というのがありました。「は」は次の文のように、1文に、原則としては、いくつでも付けることができます。 (1)私はきのうはうちでは夕食はとらなかったんです。 では、これらの「は」はすべてトピックなのでしょうか。 「は」の機能については、大きく分けて三つの考え方があります。 一つは、1文に現れる「は」はすべて主題を表すという考え方です。一番中心になる主題(通常は一番早く現れる「は」)が「大主題」で、あとのものは「小主題」と考えます。 二つ目の考え方は、一番中心になる「は」が主題を表し、あとのものは対比を表すというものです。 そして、3つ目の考え方は、「は」は本来「対比」を表し、「主題」を表す用法もその中に含まれるとする考え方です。 私自身は3番目の考え方をとっています。 「は」はすべて「対比」を表すというのは、話し手が何かを主題として取り立てて話すときには、そのこと・ものを常に何かと対比させて話しているという考え方に立っています。 対比には度合いがあって、対比の強い場合、比較的弱い場合、ほとんどゼロに近い場合というように、段階的にとらえることができます。対比の意味合いが弱い場合は、「は」は「主題」を表すということになります。(国立国語研究所『日本語教育のための文法用語』P27 参照) Aの部分は対比的意味合いが全然ない場合です。例えば、自己紹介をするとき、「私は○○です。」という言い方をしますが、この「私は」の中には他の人との比較は含まれていません。その人は単に自分のことを述べているのであり、聞き手の意識もその人に集中しています。 一方、「犬は好きだが、猫はどうも・・・」「昔は暮らしやすかったが、今はせちがらくて。」のような文では、「犬は」に対して「猫は」、「昔は」に対して「今は」がはっきり対立しています。 このような対比の度合いが高い(対比されるものの存在、すなわち「対比の影」が濃い)場合がCに当たります。そして、AとCの間に対比の度合いのいろいろな段階が存在します。 人は「昔は」と聞けば「今は」、「猫は」と聞けば「犬は」、「奥さんは」では「旦那さんは」のように、対立する語(セットメンバー)を想像します。したがって、a.のようにセットメンバーの存在する語ほど対比の度合いが大きくなります。また、構文的には、b.のように「名詞+は」が述語に近いほど、また、c.のように「は」が格助詞とともに表れるときは対比の度合いが大きくなると考えられます。 (2)a.奥さんは東京へ行きます。(→旦那さんは北海道へ行きます。) b.きょうは行きます。(→あしたは行きません。) c.東京へは行きます。(→京都へは行きません。) 「学生の質問の中に否定文では「は」を使うのか」というのがありました。なるほど、d.の答えのように否定文では「は」がよく使われます。 (3)Q:机の上に本がありますか。 A:いいえ、本はありません。 否定文の中の「は」は暗に対比を表します。それは、通常の場合は、肯定文が基本になって否定文は肯定文との対比を含んでいるからです。 「は」は対比を表す助詞ですから、何にでも付きます。「さっきは」「きょうからは」のように副詞、副詞句だけでなく、「ちょっと泣きはしたけど、すぐ寝てしまった。」のように動詞の間に現れることもあります。 最後に、複雑な文の中で、「は」と「が」を述語(特に動詞)と対応させて、正しく使い分けるのが難しいという質問がありましたが、これに対しては良き答えを持ち合わせていません。どなたか、いい案、指導法があったら、ぜひメールで教えてください。 |