……いったんシャッターを押してしまうと、目の前の佳景をしっかりと観賞し、記憶に留め置くという作用がどうしても甘くなる。……。カメラがないとなると、観賞法そのものもおのずと厳しくなる。余計なことを考えずに済むから、心ゆくまで賞味することができる。 しかも、これから先に述べることは自分でもはっきりと断定できない微妙な心の作用なのだが、カメラがなければまのあたりに見たことをハーフ・メードの形で文章化しておくという仕事も、無意識のうちでやってしまうようだ。……。 こんな作用は一般の人々にはあまり必要なことではあるまいか、旅先で写真を撮ることにばかり夢中になっている人を見ると、「あんなことで風物をよく観賞することができるのだろうか」と、不思議に思わないでもない。 (阿刀田高「左巻きの時計」) 問:こんな作用とはどのようなことか 1. 風景をある程度文章にして記憶すること。 2. 風景を深く観賞し、記憶にとめること 3. 風景をテーマに小説やエッセイを書くこと 4. 風景の写真を撮ることに疑問を感じること
正解:1
わたしももう48歳で「お若いですね」とお世辞を言われるような年頃になった。……そのようなことを言われはじめるのは、人々にわたしが老人と見られはじめたということに過ぎないからである。 それは、自分が自分を見る場合にも言えることで、……。……たいていの老人は自分は実際の年齢より……若いと信じている。 たしかに老化の進み具合は人によって異なり、年齢の進み具合と必ずしも一致しないが、ほとんどの老人が実際の年齢より若いということは論理的におかしな話で、それなら実際の年齢どおりに老けている老人の方が例外だということになってしまう。そんな馬鹿なことはない。 (岸田秀「不惑の雑考」)
問:「こんな馬鹿なこと」とは、どのようなことか 1. 老化の進み具合は人によって異なること 2. 精神的にも肉体的にも自分は若いと信じていること 3. 実際の年齢どおりに老けている老人が例外になること 4. 年をとると、「若いですね」とお世辞を言われること
正解:3
死体ははたしてだれのものか。 むろん常識的には、死体は遺族のものである。 しかし、ちょっとご想像いただくとわかるはずだが、遺族というのは、しばしば単数ではない。遺産相続のばあいなら、子供にはずべて、平等の権利があるはずである。「ヴェニス商人」ではないが、それなら肉何ポンド分の権利が、それぞれの子供にあるか。そんな議論は、聞いたこともない。 (養老孟司「死体の市民権」) 問:「そんな議論」とは、何についての議論か 1. 死体を分けること 2. 子供を分けること 3. 遺族を分けること 4. 家族を分けること
正解:1
山岳部員の大学生が休みに、部長に一応登山届けを出した上で、普通なら初心者でも比較的楽に登れる山に単独登山し、運悪く遭難してしまったような場合に、息子の遭難の責任は単独登山を許可した側にあるとして学校と山岳部長が両親に訴えられ、巨額の賠償を求められるケースもないわけではないと聞いてはいた。しかし、訴訟会社のアメリカやヨーロッパならいざ知らず、この日本ではそんな不運なケースはめったにはあるまいと思っていた。各種の会社活動で、リーダーや世話役が絶えずそんな裁判の被告人になる不安の中で毎日を過ごさねばならないとしたら、善意のボランティアはいなくなっていまうではないか。ああ、それなので、後輩や先生の頼みを断り切れず、忙しい時間を割いて母校陸上部のコーチをしてきたこの私自身がこうしたケースに遭って苦労することになろうとは……。 * いざ知らず:わからないが
問:「こうしたケース」とはどんな場合か 1. 普通は考えられないようなことで、運悪く事故に遭ってしまった場合 2. 訴訟会社であるアメリカなどで事故が起こった場合 3. 事故の責任者として訴えられた場合 4. 善意のボランティアがいなくなってしまった場合
正解:3
いつものようにテーブルを挟んで向かい合って座っていた。特にどうということもない会話の後、急に沈黙が訪れた。大事な話をしなければと思いながら、どう切り出せばいいか分からずうつむいていると、「コーヒー、冷ちゃったね。温め直して来よう。」と彼はコーヒーポットを持って台所に立った。しばらくして戻って来ると、それぞれのカップに残っていた冷たコーヒーを捨て熱いコーヒーを注ぎなおし、自分のカップのそれを一気に飲み干して言った。「暖め直しても、もう香りはなくなっちゃった。……僕たちみたいに……」思わず顔を上げた私をじっと見つめ、「無理しないで、君は外でもっとおいしいコーヒーを飲んだ方がいい。いつかこの日が来るに違いないと思っていたんだ。」と、静かな優しい声で言った。
問:「この日」とあるが、それはどんな日か 1. 私が彼と結婚したいと言い出す日 2. コーヒーの香りがなくなる日 3. 彼が私と別れたいと言い出す日 4. 私が彼と別れる決心を伝える日
正解:4
学生が試験の時期に、教科書や参考書を読んでいるのは特に興味を引かないが、それ以外の本の場合だと、やはり気になる。その人のようすを見て、いかにもその人らしいものを読んでいるときと、意外なものを読んでいるときがあって、この観察はなかなかおもしろい。僕は、どういう本を読むにしろ、本を読むということは精神を活性化させることだと思っている。本をよく読む人は精神をいつも豊かに運動させている人であり、そういう人は必要なときに精神を正しく働かせ、正しい判断を下す準備ができている人なのではないかと思う、僕は僕自身がそういう人でありたいと願い、またそいう人が多くなることを願っている。だから僕はどんな本を読めとは言わない。皆に自分の好きな本、精神がいきいきと動き出すような本を見つけてほしい。その手伝いがしたくて、僕は図書館員という職を選んだのだ。
問:「その手伝い」とあるが、何を手伝うのか 1. どんな人がどんな本を読んでいるか観察するのを手伝う。 2. 人が読むべき本の種類について正しい判断を下すのを手伝う。 3. 筆者が良いと思う本をみんなが読むようになるのを手伝う。 4. 一人一人がその人の個性に合った本を探すのを手伝う。
正解:4
突然の事故で父がなくなった。何の心の準備もなく訪れた死であったため、長男の私は父のやり残した仕事の整理に大変な時間と労力を費やした。父が母と私達三兄弟に遺したものは、今後も母と私の家族が共に住むこの古い家と狭い土地、それに母の老後の生活費にも満たない僅かばかりの貯金だけであることが分かって間もないある日、二人の弟たちが揃ってやって来て、土地と家を母と私が継ぐ代わり、貯金の方は自分たち二人で使いたいと言った。今後の母の生活費一切は私が引き受けるとは言え、私には母に十分な小遣いを渡せる余裕などない。母が乏しい家計をやり繰りして父と二人の老後のために残してきたささやかな蓄え位、そっくり母に自由に使ってもらおうとは考えないのだろうか。こんな悲しいことはない。 *とは言え:とは言っても ささやかな:少しの 蓄え:貯金
問:「こんな悲しいこと」とはどんなことか。 1. 父が急に死んでしまったこと。 2. 父が母と自分たち兄弟にこれといった遺産を残してくれなかったこと。 3. 弟たちが自分に今後母の生活費用一切を引き受けるように言ったこと。 4. 弟たちに母に対する思いやりがないこと。
正解:4
「いつかはこんなことになってしまうんじゃないかと思っていた。だからあれほど彼に注意したほうがいいと言ったんだ。」父の言葉に私は返す言葉がなかった。高校時代からの友人である彼の顔の広さと実行力、そして発想の独自性を尊敬しきっていた私が、彼と共同で会社を経営すると父に話したとき、確かに父は強く反対した。父は彼の生き方にはどこか強引で危ないところがあるし、彼の性格もちょっと信頼できないと言い、その根拠として昔父が彼に貸した本を彼が他人に又貸しし、結局紛失してしまったときの彼の対応の仕方を指摘したのだが、私はそんな昔の小さなことで彼を今も悪く言う父の方が心が狭いと非難したのだった。強気で拡大し過ぎた新会社の経営が破綻したと知ったとたん、彼は行き先も告げず夜逃げしてしまい、私は今彼の残した巨額の借金まで一人で抱える身となってしまった。 * 又貸し:人から借りたものを別の人に貸すこと。 * 破綻する:行き詰る、だめになる。 * 夜逃げ:だれにも知られないように夜引越してしまうこと。 問:「こんなこと」とはどんなことか。 1. 私が彼の社交性と実行力と独創力に魅せられてしまったこと。 2. 私が父の反対を押して彼と共同で会社の経営を始めたこと。 3. 彼が強引に事業の手を広げたこと。 4. 私が彼に裏切られて一人で借金を抱えてしまったこと。
正解:4
人は一つの成功経験によって、ともすると素朴な心を失ってしまう。自分が失敗したのはそのためだ。素朴な心を失わないこと。創造の方法の基盤となるのはそれではないか。...人が学び続けるには、小さくとも「成功経験」を数多く積んでいく必要がある。そのことは創造の段階に進んでからも当てはまることである。だが、凡人がすばらしいものを創造するには、成功経験を積むだけではだめなのではないか、時には成功にかけたと同じくらいの努力をして大失敗の経験をする必要があるのではないか。今の私はこう考えるのだ。なぜなら、創造性の本質も、創造の具体的な方法も、またその基底ある大切なことも、天才ではない私たちは、失敗することによって、身をもって習得していくほか道がないと思えるからである。 (広中平祐「生きること学ぶこと」) * ともすると:ちょっとしたことで * 身をもって:自分自身の体験によって
問:「その基底」とあるが、「その」は具体的に何を指すか 1. 素朴な心 2. 創造の方法 3. 成功経験 4. 失敗経験
正解:2
先日、...ある若い音楽ジャーナリストが、自分は何かになりたいと思ったことはない、ただ気がついたら、と語っているのに興味をひかれた。俺はこういうものになろうと思い定め、血のにじむような苦労と習練を重ねて現在の地位を獲得した、などという話とはほど遠い、いかにも現代風な自然な生き方として彼の語るところは納得できた。...つまり彼は、就職という定められた形を通してではなく、才能と努力と幸運とによって今の地位を得ることができたのだろう。しかし普通の学生にとってはそれは望むべくもない。もしも何にもなりたくないと思っていれば、そのまま何にもならずに一生を終えてしまう可能性のほうがはるかに大きいに違いない。... (黒井千次「働くということ」)
問:「それ」が指す内容として最も適当なものはどれか 1. 音楽ジャーナリストになること。 2. 苦労と習練を重ねて地位を獲得すること。 3. 才能と努力と幸運によって地位を獲得すること。 4. 何にもならずに一生を終えてしまうということ。
正解:3
「この船に幽霊が出るという噂があるんですが、...ぼくたちみたいな客の一人が...しばらく海を眺めていて、ふいに飛びこんだんです。...あがった死体は右の腕がなかったそうです。スクリューに切りとられたのかもしれませんね。...自分の失った右腕をさがしているのだという噂です。...」 「なぜ、その男が自殺したのか知っていますか?」と私は訊いた。「...なんの原因もないのです。金に困っているわけでもなく、失恋したわけでもなっかた...」 眉をひそめ、男は遠い所を見る眼つきで海をみつめた。 「多分...」と云って男は口ごもった。 「多分、この海を見ているうちに、なにもかもいやになったのでしょうね。...ぼくにはその気持ちがわかるな。こうしていると、なにもかも忘れて、この海の底で眠りたくなる。あなたは、そう思いませんか?」 私も、海をみつめた。海は暗く、静かに私を呼びかけているように思えた。 「そうなのです。」ため息を吐きながら、私は云った。 「それで、あの晩私は飛びこんだのです。」 私の右腕がないのに男が気づいたのは、その時だった。 (生島治郎「暗い海暗い声」) 問:「あの晩私は飛びこんだ」のは、なぜか。 1. 借金と失恋で生きる希望を無くしたから。 2. 自分の失った右腕をさがそうと思ったから。 3. すべてを忘れて海の底で眠りたくなったから。 4. 海の中の幽霊に呼ばれたような気がしたから。
正解:3
先日テレビで、何年か前に話題になった映画を放映していたので、友人と一緒に見た。この映画の設定では、マグダラのマリアと呼ばれる女性がイエス・キリストの愛人として描かれていた。二人の間に果たして恋愛関係はあったのかなかったのか。こういう疑問自体が不謹慎だ。もしかしたら、そうお考えになる方もが多いのではないか。もしそうなら、私としてはたいへん我が意を得たことになる。不謹慎であるとか人心に与える影響を恐れると言った、必ずしも明確にできない価値観が、体制の安定と維持を求める側の多くの主張の背景になっているからである。宗教に限らず、学問、政治、芸術でも、権威に正面から向き合うことは決して容易ではない。そうは言ってもそれをせざるをえない。権威が改革と進歩を妨げている例が多いからである。 * せざるをえない:しないわけにはいかない。
問:「それ」に含まれる内容として適当なものは、次のどれか。 1. マリアとイエスの関係について研究すること。 2. 明確にできない価値観を問い直すこと。 3. 体制の安定と維持を求めること。 4. 権威と戦い、権威を否定すること。
正解:4
日本は男性優位の国と言われる。数百年以前から、「男女七歳にして、席を同じうせず」とか、「女は父に従い、夫に従い、息子に従うものである」などの考えが社会通念となり、目立たぬ陰から男をたて、男を支え、男のために尽くすのが「女の道」であるとされてきた。戦後男女平等が叫ばれ、女性が参政権を得、社会進出をするようになって半世紀以上たった現在でも、女性の仕事は男性の補佐でしかない場合が多く、実際の男女の賃金格差はかなり大きく、男尊女卑の社会構造は根本的には変わっていない。 しかし、大昔はそうではなかった。神々の長である天照大神は女神であったし、女性の天皇もいた。結婚は男の通い婚であり、社会構造は母系社会であったのである。 * たてる:相手を上位見せる。 * 天照大神(あまてらすおおみかみ)
問:「大昔はそうではなかった」とは、どういうことか。 1. 日本は男女平等ではなかった。 2. 女性は参政権もなく、会社進出は許されなかった。 3. 男尊女卑の社会構造ではなかった。 4. 女性の天皇はいなかった。
正解:3
友人のAは、医師であるBがうらやましいと言う。「Bには、医大に進んだ息子に与えてやれる専門知識があり、技術があり、処世術があり、人脈があり、設備があり、資産がある。彼は息子にとって大きな存在であり続けられる。それに引き換え、会社員である自分には息子に与えてやれる専門知識も技術もなければ資産もない。将来、成人した息子にとって、自分は単にうっとうしいだけの存在になってしまうかもしれない」と言うのだ。 Aに限らず、世の多くの父親は、Aと同様な思いを胸の奥底に抱いているのではあるまいか。Aの悲しみは、数年前までの私自身の悲しみでもあったのだ。 「それなら、せめて息子に自分の楽しみを教えたらどうだろう。自然に接する楽しみ、優れた文学や音楽や美術に触れる楽しみ、ものを作る楽しみ、スポーツの楽しみ...。何でもいい、人生にはこんな楽しみ方もあるのだということを息子に伝えてやれたら、それ?摔紊?瞍螡櫎ぁ⑹耸陇诵肖?懁盲郡趣?尉趣い趣胜盲皮?欷毪?猡筏欷胜ぁ¥工?胜?趣鈨Wはそう思いながら、星を見に息子を山へ連れて行ってるんだ。」と私はAに言った。 * うっとうしい:気が重くなる * あるまいか:ないだろうか * 行き詰まる:どう進んだらいいか分からなくなる。
問1:「それ」とは具体的に何を指すか? 1. Bが医師であること。 2. Bが医大に進んだ息子をもっていること。 3. Bには息子に残してやれるものがたくさんあること。 4. 自分が医師ではないこと。
問2:「それなら」とは具体的にどういう意味か? 1. Bが父親として大きな存在であり続けられるなら。 2. 息子に与えてやれる専門知識や技術や資産をAが持っていないなら。 3. 将来自分が、息子にとってうっとうしいだけの存在になるなら。 4. Aの悲しみが筆者の悲しみとおなじなら。
問3:「そう思いながら」の具体的な内容は何か? 1. 人生にはいろいろな楽しみ方があるのだ、と思いながら。 2. 息子と共通の楽しみを持ちたい、と思いながら。 3. 自分の教えた楽しみが息子の役に立つかもしれない、と思いながら。 4. 山で息子と共に見る星はすばらしい、と思いながら。
正解:3、2、3
幼稚園生の息子を車で遊園地に連れて行こうとしているところへ、隣人から「うちの子も一緒に連れていってやってくれないか。」と頼まれた。私は「連れて行くのは構わない。但し、往復や目的地で万一の事故など起きてしまったときの責任は負いかねるが、良いか。」と聞いた。すると隣人はむっとした表情になり、「じゃ、結構」と言うなり家に入ってしまった。何も言わずに気持ちよく引き受ければ良かったのかもしれないが、私としては、どうしてもこれだけは、はっきりさせておく必要があったのだ。というのは、こんなときに起きた事故を巡ってしばしばトラブルが生じているのを、私は弁護士という職業柄良く知っているからだ。 * ~かねる:~できない。 * ~柄:~の関係上。
問:「これ」に含まれている内容として適当なものはどれか。 1. よその子を連れて行っても十分世話をしてあげられないこと。 2. もし事故が起きて相手の子供に何かあっても、責任はとれないこと。 3. 往復や目的地で、事故の起こる場合もあること。 4. 往復や目的地での事故を巡るトラブルがよくあること。
正解:2
テレビの料理番組は、視聴者に対して誠に親切ていねいにある料理の作り方を教えようとしている。材料、調味料の分量、煮たり焼いたりする時間、その手順、その他至れり尽くせりである。その通りにすれば、我々もテレビの画面に映し出されたのと同じ料理を作ることができそうに錯覚するし、事実また、ほぼ似たり寄ったりのものがこしらえられるかもしれない。しかしそれはしょせん素人料理、素人の物まねでしかあるまいと思う。私が実際にそういう料理を作ってみたというのではないから、ここのところは強く言うことはできないが、どの道それはどこかで、玄人の作ったものとは違った料理になるに決まっている。またそうでなければ、玄人の存在理由がなくなってしまうであろう。 (高橋義孝「ひょい、ひらり」) * しょせん:結局=どの道
問:「ここ」の内容として適当なものはどれか 1. テレビの料理番組は至れり尽くせりで、とても親切だということ。 2. 指示どおりに作れば、画面の料理と大体同じものができること。 3. 指示どおり作っても、画面の料理と同じにできるはずがないこと。 4. テレビ料理がうまくできないと、指導する玄人の存在理由がなくなること。
正解:3
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