作者:市川保子 (4)動詞の活用 日本語の動詞の活用をどう指導するかについて、いくつかの議論がなされています。 一つは、テ形を導入するとき、マス形から入るのか、辞書形から入るのかという問題、もう一つは、動詞の活用を五段(活用)、一段(活用)という名前・形で教えるのか、または、外国人に対する日本語教育として別の名前・形で教えるのかという問題です。 a.マス形から入るか辞書形から入るか 前回も述べたように、多くの教科書は「丁寧体」から入っています。外国人が習ってすぐ使えるようにという配慮からです。「丁寧体」では動詞はマス形から入ります。そして、すぐにいろいろなformを習うのですが、一番はじめに導入されるのがテ形です。「~てください」「~ています」「~て、~て・・・」「~てもいいです」「~てから」と、テ形の使用範囲は広いです。そこで、行われる議論が、マス形からテ形を導入したほうがいいのか、それとも、動詞の基本形である辞書形からテ形を導入したほうがいいのかというものです。図式化すると次のようになります。 ⅰ マス形から導入 行きます→行って→(のちに辞書形「行く」導入) ⅱ 辞書形から導入 行きます→辞書形「行く」→行って ⅰの利点は、学習者にとって、マス形からテ形を作るほうが簡単だということです。ほとんどの動詞が「ます」の代わりに「て」を付けるとテ形ができます。(話します→話して、来ます→来て)のように。「行きます」「飲みます」「とります」なども、「行きます→行きて→行って」「飲みます→飲みて→飲んで」と考えれば、覚えやすくなります。 逆にⅰの難点は、マス形からテ形を導入するということは、マス形を中心に置くということになり、辞書形(「行く、飲む、話す、来るetc.」)の習得が遅れるのではないか、また、他の活用形を作るときに支障を起こすのではないかという心配があります。たとえば、ナイ形を作るとき、マス形から作ると、「行きます→行かない」「飲みます→飲まない」となって、「丁寧形」と「普通形」が交錯する結果にもなり、かえって混乱を起こしやすくなるということです。 一方、ⅱの難点は、せっかくマス形を覚えたのに、すぐに辞書形を、そして、テ形を覚えなければならないという、一時に重要なformを立て続けに習得しなければならないという大変さにあります。そして、マス形とテ形に比べて、辞書形とテ形のほうが形の上での関連付けが弱いので、覚えにくいという問題もあります。 ⅱの利点は、辞書形を覚えるのは大変だけれど、いったん覚えると、辞書形は動詞の基本なのでいろいろな面で便利だし、発展性があるという点です。日本語の辞書を引くことができる、辞書形からほかの活用形が作りやすいということなどです。 ⅰを選ぶか、ⅱを選ぶかは学習者の目的によって変わってきますが、もし、日本語を本格的に勉強したい人はⅱのほうが発展性があると思います。大学ではⅱのやり方を採用しているところが多いようです。 b.活用の導入方法 b-1 動詞の活用については、数多くの呼び名があります。しかし、その考え方の基本は二つに分かれると言えます。一つは、日本語の動詞の活用を従来の良さを生かしながら、日本語として教えようという考え方、もう一つは、外国人学習者、特に英語圏(または、英語のよくわかる外国人)にわかりやすい形で指導しようとするものです。 前者は「五段(活用)・一段(活用)」などの名前を使い、後者は「-u verb・eru/iru verb」 「consonant verb・vowel verb(子音語幹動詞・母音語幹動詞)」などの名前を用います。広く使われている「ⅠグループⅡグループⅢグループ」も後者の考え方に基づいています。 (もっと詳しく知りたいときは、国立国語研究所『日本語教育のための文法用語』P38参照) (1) 「五段(活用)・一段(活用)」 これは基本的には私たち日本人が学校で習った国語文法に基づいています。私たちは「行く」という動詞は五段活用では、「かこきくけけ」(行かない・行こう・行きます・・・)と活用すると習いました。外国人に指導するときには、意味のない「かこきくけけ」を教えるのではなく、五段は「行く・行かない・行き(ます)・行こう・行けば・・」と意味のある単位で活用を導入します。しかし、変化する部分が五十音にのっとって、規則的に変化することを学習者にわからせようとします。ここで五十音図の意味が生きてくるわけです。 私たちが習った上一段(見るなど)・下一段(食べるなど)はここでは区別せず、「一段」と呼びます。また、「カ変・サ変活用」(来る・する)と呼んでいたものは「その他」や「不規則動詞」と呼ぶことが多いようです。 (2) 「consonant verb・vowel verb」「u verb・eru/iru verb」など 「行く」「食べる・見る」をローマ字で表すと、それぞれ、iku, taberu/miruになります。ikuを語幹と語尾とに分解すると、ik-u、miru/taberuはtabe-ru/mi-ruになります。語尾に注目してikuをu-verb、taberu/mi-ruをru-verb、または、eru/iru-verbと呼びます。kuru/suruについては、irregular verbと呼ぶことが多いようです。 この分類にのっとってそれぞれⅠグループ・Ⅱグループ・Ⅲグループ(または、グループ1・グループⅡ・グループⅢ)という呼び方を使っている教科書も多いです。 ここでは、語幹「ik」の後ろが「-u」「-anai」「-eba」と変化すると説明し、「-u」が付けば辞書形、「-anai」はナイ形、「-eba」は条件形として、学習者は部分を覚えれば、活用形が覚えられることになります。(グループⅡでは語幹「tabe/mi」に「-ru」「-nai」「-reba」・・が付きます。) 上の(1)(2)どちらの考え方が良いかは、対象である学習者によって異なるでしょう。 五十音がしっかり頭に入っている(入りつつある)学習者には、「五段」動詞の活用部分を五十音図の「あいおうえ、かきくけこ・・」(いかない、いきます、いく、いけば・・)と関連づけて指導することができて非常に便利です。一方、ローマ字表記に頼る学習者には語尾の変化-anai、-ebaなどを頭に浮かべながら活用させると、整理して覚えやすいという利点もあります。 先ほども少し述べましたが、日本語教育では動詞(形容詞、「名詞+だ」も含む)の各活用形は、それぞれが意味を有するという考えに立ちます。たとえば、「行く」の否定形「行かない」は、「行く」の未然形「行か」+「ない」のように切って考えるのではなく、「行かない」をナイ形として立てるという考え方をします。実際の活用形は次のようです。 |