作者:市川保子 (1)田中さんが仕事を手伝いました。 この文は田中さんが何をしたかの事実だけを述べている文です。次の文はどうでしょうか。 (2)田中さんが私の仕事を手伝いました。 田中さんと話し手「私」との関係はわかりましたが、「田中さんが手伝ったこと」だけを事務的に述べている感じがします。(3)はどうでしょうか。 (3)田中さんが(私の)仕事を手伝ってくれました。 ここで始めて日本語として自然な文になり、話し手「私」が(利益・恩恵を受けた)感謝の気持ちが表されています。 次の(4)はどうでしょうか。(1)と並べてみます。 (1)田中さんが仕事を手伝いました。 (4)田中さんが仕事を手伝ってあげました。 (1)と比べると(4)は田中さんが他の人を手伝ったということ、そして、「田中さん」が他の人に利益・恩恵を与えた(少なくとも話し手はそう思っている)ということがわかります。 このように、(1)のような事実だけを述べる文に、「あげる」「くれる」そして、「もらう」などの「やりもらい(授受)」の動詞を付けると、誰が誰のためにしたかという利益・恩恵の移動関係、そこから得れる感謝の気持ちなどをあら表すことができきます。 ●「てやる/あげる/さしあげる」 利益・恩恵を与えるときに使います。上の人に対しては「てさしあげる」、下に対しては「てやる」を使う。近頃は「てあげる」の使用範囲が広がり、下に対しても「てあげる」が使われることが多いようです。 動作に使われる「てあげる/さしあげる」は押しつけがましく聞こえることがあるので注意が必要です。「てあげる/さしあげる」を用いずに、次のように別の表現を使うことも多いです。 (5)仕事を手伝ってあげます。→仕事をお手伝いします。 (6)駅まで送ってさしあげましょう。→駅までお送りしましょう。 ●「てもらう/いただく」 利益・恩恵を受けるときに用います。上の人から受けるときは「いただく」、対等の人、および、下の人からは「もらう」を使います。 (7)私はポンさんにタイ語を教えてもらった。 (8)私はタノム先生にタイ語を教えていただいた。 「てもらう/いただく」は利益・恩恵を受ける以外にも、次のような、いくつかの意味と機能を持ちます。 [依頼]「てもらえる/いただける」の形で (9)ちょっと教えてもらえます/もらえませんか。 (10)ちょっと待っていただけます/いただけませんか。 [指示] (11)まずここで着替えていただきます。?察はそのあとで行います。 [要求、依頼]「てもらいたい/いただきたい」の形で (12)あした休ませていただきたい/もらいたいんですが。 ●「てくれる/くださる」 1)話し手以外の第3者(聞き手を含める)が、話し手(私)や話し手の家族などに利益・恩恵を与えるときに用います。主語が第3者で、利益・恩恵の受け手として「私に」「私達に」「私の家族に」が続き、動詞に「てくれる/くださる」が付く形をとります。 (13)事務の人が私達に説明してくれた。 (14)先生が私にカタカナ語を教えてくださいました。 「てくれる/くださる」文では、「もののやりもらい」のときと同じく、利益・恩恵の受け手の「私に」や「私達に」が省略されることが多いです。 (13)’ 事務の人が説明してくれた。 (14)’ 先生がカタカナ語を教えてくださいました。 「てくれる/くださる」は「てもらう/いただく」と同じように依頼表現としても使用されます。 (15)ちょっと教えてくれます/くださいますか。 (16)ちょっと待ってくれません/くださいませんか。 ●「やりもらい」表現と助詞 「てやる/あげる/さしあげる」では、「~が/は~にVてやる/あげる/さしあげる」という形をとることが多いですが、(17)~(19)のように、動詞がどのような補語(「名詞+格助詞」)をとるかによって、「に」とは異なる助詞をとることもある。 (17)小林さんはリーさんに日本語を教えてあげる。 (18)小林さんはリーさんの仕事を手伝ってあげる。 (19)小林さんはリーさんを役所へ連れて行ってあげる。 「てもらう/いただく」では、(20)(21)のように「~が/は~にVてもらう/いただく」という形をとります。(22)は「連れて行く」という動詞なので「場所+へ」をとっています。 (20)リーさんは小林さんに日本語を教えてもらった。 (21)小林さんはリーさんに仕事を手伝ってもらった。 (22)リーさんは小林さんに役所へ連れて行ってもらった。 「てくれる/くださる」では、(23)のように「~が/は~にVてくれる/くださる」という形をとることが多いが、(24)(25)のように、動詞がどのような補語(「名詞+格助詞」)をとるかによって、「に」とは異なる助詞をとることもある。 (23)小林さんは(私の)息子に日本語を教えてくれた。 (24)小林さんは(私の)息子の仕事を手伝ってくれた。 (25)小林さんは(私の息子)を役所へ連れて行ってくれた。 |