作者:市川保子
(1)・・・です
皆さんは自己紹介するとき、どのように言いますか。「私は山田です。」とか「私は小林です。」と言いますか。または、「私は」を省いて、「山田です。」「小林です。」ですか。 日本人の自己紹介を聞いていると、単に「山田です。」「小林です。」と言う人のほうが多いようです。 自己紹介は相手が目の前にいるわけですから、自分のことを特に取り立てて、「私は」と言わなくてもいいのです。 日本語を習いたての外国の方はしばしば「私は、インドから来ました。」「私は留学生です。」「私は・・・。」。と「私は」を連発しがちです。 日本語の助詞「は」にはいくつかの働きがあって、その一番大きなものが「は」の前に来るもの(「私は」の場合は「私」)を取り立てる、ほかと比べる働き (対比)があります。「私は」「私は」を連発すると、「あなたではない、ほかの人ではない私」という取り立てた、時に自己主張の強い意味合いが出てきます。 「これは辞書です」のように「名詞1は名詞2です」という文は、日本語の文法では名詞文と呼びます。名詞文はあるものを指定したり、同定したりするときに使いますが、そして、「名詞1は」を省略できないこともありますが、自己紹介では、「私は」は省略したほうがいいことが多いです。
また、外国の方の質問で多いのは、「あなた」を使ってもいいか、特に、初対面で、まだ相手の名前を知らないとき、相手をどう言えばよいのかというものです。 私の手元にある岩波国語辞典には、「あなた」について次のように書かれています。
「相手を尊重してさす語。(中略)近年、若年層ではこの語に敬意をほとんど感じなくなり、「~様」という使い方も滅びようとしている。」
敬意を表して用いる「あなた」の使い方は、日本人でもなかなか難しいので、外国の方にはあまり勧めないほうがいいようです。私自身はそういう質問に対しては、その人の呼び方がわからなかったら、「名詞1は」を省略して、たとえば、「どなたですか。」「どちらからいらっしゃいましたか。」のように後ろの文だけを言うようにすればよいと説明しています。
(2)連体助詞「の」
日本語には、「私の赤ちゃん」「エルメスのバッグ」「恋人からのプレゼント」などのように、「名詞+の」(または、「名詞+格助詞+の」の形をとって次の名詞を形容(説明、修飾)する言い方があります。『日本語教育のための文法用語』(国立国語研究所 p116)には、次のような「の」の例が掲げられています。)
[後続の名詞の所有・所属] (1)私の本/学校の先生 (2)日本の自動車産業 (3)弟の恋人 (4)ロシアからの手紙
[行為者関係などを示す] (5)偉人の業績 (6)遺族の悲しみ
[後続の名詞の属性を示す] (7)ヒゲの男 (8)20歳の人 (9)シクラメンの花
[同格を示す] (10)社長の寺田さん (11)友だちの雪子さん
例で示されているように、名詞をつなぐとき、連体助詞「の」は「名詞1+の+名詞2」という形をとります。「東京のお台場の近くのマンションの7階」というように「の」が同じ句の中で何度も使われることもあります。 外国の方にとって難しいのは、まず、語順です。日本語では、名詞1が「の」を伴って修飾語となり、次に続く名詞2について説明します。たとえば「学校の先生」は、何の先生かどこの先生かわからないので、「学校+の」を用いて「先生」の所属を説明するわけです。ところが、外国の方の母語の多くは、修飾(説明)する語がうしろに来て、前の語にかかります。英語ならa teacher of the school、スペイン語なら un maestro de escuelaとなります。 外国の方には語順が逆というのは、なかなか難しいようで、中級レベルになって、「の」の使い方がわかっている人でも、突然「先生の学校」「自動車のフィリピン」などと言うことがあります。
また、「の」の用法の中で、難しいのは「社長の寺田さん」「友だちの雪子さん」のように、名詞1と名詞2が同じものを指している、同格の表し方です。この「の」は「=」または「である」に置き換えればいいでしょう。外国の方には、理解が難しいので、注意して説明する必要があります。
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