暑い暑い夏の日のことでございます。涼しげな草陰で、キリギリスが得意のバイオリンを他の虫達に聴かせておりました。すると、そこへ、大きな餌を背負ったアリがやってきました。体中が汗でぐっしょりと濡れていました。 「おい、おい。こんな暑い日によくもまあそんなに働くものだ。ちょっと休んで、私の演奏でも聴かないかね。」 「せっかくですが、私にはまだまだ仕事が残っております。」 「何だね、その仕事というのは。」 「寒い冬に備えて、蓄えをしておくという仕事です。」 「おいおい、冬はまだまだ先だ。人生楽しまなくっちゃ。」 アリは、これ以上油は売れないと、自分より大きな餌を背負って歩いて行きました。キリギリスには、そんなアリの姿が哀れに思われました。 秋は瞬く間に過ぎ、木枯らしが吹き始めたかと思うと、白い冷たい雪が、野原一面を覆いました。 夏の間、のんきに演奏ばかりしていたキリギリスは、すっかり痩せ衰えて、寒さに凍えながら、雪景色の野原をとぼとぼと歩いておりました。空腹で、今にも倒れそうな様子でした。 しばらく歩くと、キリギリスはアリの家にたどり着きました。息も絶え絶えで、ノックの音さえ、弱々しく響きました。 中から、アリの声がしました。 「だれだい。こんな夜中にノックをするのは。」 「私です。演奏家のキリギリスです。」 「何だ、君か。どうしたんだい。こんな遅くに。」 「実は、お腹が空いてたまらないのです。それに、凍えて死にそうです。」 「ふうん、で、どうしてほしいと言うんだい。」 「どうか、中に入れていただいて、食べ物を少し分けてくださらないでしょう か。」 今にも消え入りそうな声でした。でも、アリはドアのカギを開けることはありませんでした。 「あのね、君はね。夏の間、自分だけ涼しいところにいて、楽をしていただろう。私はね、その頃は、ずっと汗だくになりながら働いていたんだよ。」 「はい、分かっております。あつかましいとは思いますが、このままでは死 んでしまします。どうか、中に入れてくださるだけでも???。」 虫の息とは、こういうことを言うのでしょうか。でも、精一杯の声を出して、キリギリスは必死でアリにお願いをしました。が、 「駄目だね。君にやる物は何も無いんだよ。」 と言って、とうとうドアを開けることはありませんでした。 キリギリスは、諦めて冬の夜道をふらふらと歩いて行きました。でも、もはや限界でした。20cmは歩いたでしょうか。ばったり倒れてしまいました。 それを窓から見ていたアリは、 「しめしめ、思わぬ食料が手に入ったぞ。」 と言って、キリギリスの死体を家に撙愚zむと、地下の食糧倉庫に投げ入れました。 ところが、しばらくすると、別のキリギリスがやってまいりました。アリは同じように冷たくキリギリスを追い返し、倒れたところを、舌なめずりをしながら、倉庫に投げ入れるのでした。実は、アリにとってキリギリスは大好物だったのです。 3匹目のキリギリスも同じように、4匹目も、5匹目も、???。食糧倉庫は、キリギリスで一杯になりました。 アリは冬は働きません。テレビを見るか、ビデオゲームをしながら1日を過ごします。そして、キリギリスのご馳走をたらふく食べては眠るだけの、たいへん単調な毎日を送っておりました。 やがて、アリは丸々と太ってまいりました。皮下脂肪も中性脂肪もたっぷりと蓄えて、とてもアリには見えません。まるで、羽の無いミツバチではないかと思えるくらいの大きさになったのでありました。 食べ過ぎと、邉硬蛔悚恰⑿哪牑蝺Pきは衰え、冠状動脈に悪玉コレステロールがみるみると溜まっていきました。「まずい!」と気が付いて、今流行のプーアル茶などを慌てて飲み始めたのですが、もはや、後の祭りでした。ある日、突然の心筋梗塞に見舞われ、あえなく最期を遂げたのであります。 主のいなくなったアリの家の壁には、家訓が2つ張られてありました。 「働かざる者喰うべからず」 「過食は万病の元」
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