作者:市川保子 日本語にはものや事柄の移動を表す動詞があります。「教える・習う」は教える人から習う人へ、「貸す・借りる」は貸す人から借り人へ、もの・ことが移動します。 「あげる・もらう」、そして、「くれる」もあげる(くれる)人からもらう人にもの・ことが移ります。この「あげる・もらう・くれる」が関わる表現を「やりもらい」または「授受」表現と言います。 やりもらい表現に関しては、「もののやりもらい」と「動作のやりもらい」に分け、今回は「もののやりもらい」について見ていきます。 ●「あげる」「もらう」「くれる」 ホセさんとフェルナンドさんのやりもらいは通常次のように「あげる」「もらう」が用いられます。 (1)ホセさんはフェルナンドさんにCDをあげる。 (2)ホセさんはフェルナンドさんに(から)ケーキをもらう。 もちろんホセさんの代わりに話し手(私)も使うことができます。 (3)私はフェルナンドさんにCDをあげる。 (4)私はフェルナンドさんに(から)ケーキをもらう。 しかし、フェルナンドさんの代わりに(フェルナンドさんの位置に)話し手(私)を置くことはできません。 (5)?ホセさんは私にCDをあげる。 (6)?ホセさんは私に(から)ケーキをもらう。 (5)(6)は外国人学習者がよくおかす誤りです。 この(5)の場合に、日本語では「あげる」の代わりに「くれる」が用いられます。 (6)ホセさんは私にCDをくれる。 「くれる」は「あげる」「もらう」と異なり、使い方に制約があります。 主語が話し手(私)以外の人であること、そして、受け取るのは、常に話し手(私)か話し手(私)のグループ(Ingroup)の者(ウチの関係の者、家族・会社のメンバーなど)になります。 (7)ホセさんは弟にCDをくれる。 「くれる」の受取人が話し手(私)自身のときは、通常「私に」は省略されます。 (8)ホセさんはCDをくれる。 ものの授受を表す文では、(9)~(12)のように、「~が/は~に~をあげる/もらう/くれる」という助詞が用いられます。主語・主題に関しては通常は「は」が用いられますが、(12)や(13)のように「くれる/くださる」では、誰が「私」にくれたかが重要になってくるため、主語選択を表す「が」が使われやすくなります。 ●「さしあげる」「いただく」「くださる」 もの・ことを与える人と受け取る人の関係によって、「あげる」「もらう」「くれる」の代わりに、「やる/さしあげる」「いただく」「くださる」が用いられます。 (9)私は子供にチョコレートをやる。 (10)私は先生にCDをさしあげた。 (11)私は村田先生に(から)テープをいただく。 (12)課長が(私に)入場券をくださった。 「あげる/さしあげる」「もらう/いただく」「くれる/くださる」の使い分けは、敬語の使い方と同じで、地位・年齢的な上下、親しみの度合いにかかわる親疎関係、会話の行われる場などに影響を受けます。 地位・年齢が上の人に対して、また、知らない人に対しては「さしあげる」「いただく」「くださる」が用いられます。 「あげる」の使用範囲が広がって、自分の家族に対しても「子供にミルクをあげる」のような言い方をするようになっています。「やる」は「犬にえさをやる」程度のにしか用いられなくなっていますが、他の人に自分の家族について話すときは、「やる」を使ったほうが本来的な日本語と言えます。 |